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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5053号 判決 1977年1月28日

原告

若本宏子

ほか三名

被告

手嶋慎吾

ほか一名

主文

一  被告手嶋慎吾は、原告若本宏子に対し、金四〇〇万円、原告若本泰隆、同若本博行、同若本亮介に対し、各金二〇〇万円および右各金員に対する昭和五〇年一〇月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告乾昭夫に対する請求は、棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告手嶋との間に生じたものは被告手嶋の負担とし、原告らと被告乾との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは連帯して、原告若本宏子に対し、金四〇〇万円、原告若本泰隆、同若本博行、同若本亮介に対し、それぞれ金二〇〇万円、および右各金員に対する昭和五〇年一〇月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五〇年二月四日午前五時四〇分頃

2  場所 大阪市住之江区浜口町西三―五―一

3  加害車 普通乗用車(浜口町交差点奈良五五ね六一四一号)

右運転者 被告手嶋慎吾

4  被害者 訴外亡若本泰二郎(以下「亡泰二郎」という。)

5  態様 被告手嶋が、右加害車を運転し、その助手席に亡泰二郎を同乗させて、大型トラツクに追従して進行中、前記交差点停止線附近において、黄信号で停止した右トラツクに追突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告乾は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告手嶋は、前方不注意、最高(安全)速度違反、車間距離不適当、酒気運転の過失により本件事故を惹起し、原告らに後記損害を与えた。

三  本件事故の結果

亡泰二郎は本件事故により即死(昭和五〇年二月四日午前五時四〇分死亡。)した。

四  原告らの権利の承継

原告宏子は亡泰二郎の妻、その余の原告ら三名は、その間の子であるから、原告宏子は亡泰二郎の権利の三分の一、その余の原告らはそれの各九分の二をそれぞれ相続した。

五  損害

1  死亡による逸失利益

亡泰二郎は事故当時満三一歳(昭和一九年一月二二日生で、塗装業を営み、少くとも年間金二〇三万九、一七八円の収入を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三六年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金二、八九四万一、〇三三円となる。

{2,039,178円×(1-0.3)}×20,275=28,941,033円

右金員につき、前記相続分に応じ、原告宏子は金九六四万七、〇一一円、その余の原告らは各金六四三万一、三四〇円を各相続した。

2  慰藉料

本件事故のために一家の大黒柱たる夫、父親を失い、幸福な家庭を破壊された原告らの精神的苦痛は計り知れず、その慰藉料は、原告宏子につき金四〇〇万円、その余の原告ら各自につき金二〇〇万円を下らない。

3  葬儀費用金五〇万円(原告宏子負担)

4  弁護士費用金一〇〇万円(原告宏子負担)

六  損害の填補

原告らは自賠責保険より金一、〇〇〇万円の支払をうけたから、これを前記各慰藉料額に充当する。

七  本訴請求

よつて原告らの損害は、原告宏子につき金一、一一四万七、〇一一円、その余の原告らにつき各金六四三万一、三四〇円となるところ、そのうち原告宏子は金四〇〇万円、その余の原告らは各金二〇〇万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告らが連帯して支払うことを求める。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因一は認める

二  同二の1の事実は否認し、2の事実は、速度違反の点を除き、認める。

三  同三、四は認める。

四  同五の事実は、亡泰二郎が塗装業を営んでいたことは認めるが、その余はすべて争う。

五  同六は認める。

第四被告らの主張

一  被告乾

被告乾は、被告手嶋より同人が営業用の自動車を購入するにつき、車庫証明が必要なのであるが、自ら車庫を有しないので、被告乾名義で車庫証明を取得して買いたい旨、懇願され、やむなくこれを承諾したため、加害車の使用者名義が被告乾名義にされたにすぎず、被告乾は、加害車の運行を支配しておらず、またその運行によるいかなる利益も享受していない。

二  被告手嶋

1  本件事故当時、亡泰二郎は被告手嶋と同じ運転者の立場にあつたとみるべきで、亡泰二郎は自動車損害賠償法三条にいう「他人」ということはできない。

即ち、被告手嶋は亡泰二郎と日頃から親しく交際していたが、本件事故前日の午後一〇時半頃、被告手嶋より亡泰二郎に電話したところ、遊びにくるようにと慫慂されたので、加害車を運転して亡泰二郎宅に赴き、同人宅に着くや否や、玄関で待つていた亡泰二郎が遊びに行こうというので、いわれるままに同人を加害車に乗せて近くのバーまで飲みに行き、翌日(事故当日)の午前一時頃にそこを出、次いで二、三軒隣の寿司屋で飲食して午前一時三〇分頃、被告手嶋が自宅へ帰ろうとしたところ、亡泰二郎はなおもミナミに飲みに行こうと執拗に誘うので断りきれず、再び加害車を運転してミナミの盛り場に行き、亡泰二郎が馴染の宗右衛門町のバーに入つた。そして同店で午前四時半頃まで飲酒して帰ろうとしたところ、同店の女主人が亡泰二郎に店の楽器奏者が堺東の自宅へ帰るので車で送つてやつて欲しいと懇願し、これを請けた亡泰二郎が飲酒による多少の酔いと疲労が重なつて自宅までの運転がやつとという状態の被告手嶋にそのようにしてやつてくれと無理矢理押しつけ、被告手嶋が堺東まで右楽器奏者を送つた帰路途上、本件事故を起したものである。亡泰二郎は加害車の助手席に同乗していたが、かなり酩酊していたので堺東への往復ともに寝込んでしまつていた。従つて、本件事故発生当時、被告手嶋が加害車を運転していたのは、専ら、亡泰二郎の所用のためであり、もし同人の酩酊状態がもう少し軽かつた場合は同人自ら運転を買つて出ていた(同人はこれ迄に何度か加害車を運転したことがある。)ことは明らかであるから、同人の他人性は阻却されるべきものである。

2  仮に右主張が認められないとしても、亡泰二郎は被告手嶋が堺東までの往復を正常に運転することは、かなり困難であることを十分に予想しえたにも拘らず、助手席に乗り込んだものであるから、その運転により発生する危険を全面的に承認したものとみなされるべきであつて、被告手嶋は亡泰二郎に対し、免責される。

仮にそうでないとしても、その負担すべき責任の割合は、きわめて軽いから、相当の過失相殺を求める。

第五証拠関係〔略〕

理由

第一  請求原因一、三、四の事実は当時者間に争いがない。

第二  被告乾の責任について

各成立に争いない甲第一〇、第一一号証、証人杉本一夫の証言、被告本人乾および同手嶋の各尋問結果を総合すると次の事実が認められる。

被告乾は米穀、製麺業を営み、大衆食堂を経営する被告手嶋に米を販売していたが、被告手嶋が本件加害車を購入するに際し、同被告に自動車販売会社の西大寺モータースの代表者である杉本一夫を紹介したこと、ところで、事業上のため自動車を購入するにつき、車庫証明が必要なのであるが、被告手嶋が自ら車庫を用意するには一〇万円以上の金員が必要であつたところ、同被告は右金員を有していなかつたので、被告手嶋と右杉本は被告乾の車庫証明を使用して右車の売買をしようと考え、被告乾に、同被告の名義を貸してくれるよう、懇請し、被告乾は親切心からこれを承諾したこと、そのため、本件加害車は分割払であつたことから所有権留保されてその所有者名義は奈良三菱自動車販売株式会社であるものの、使用者は被告乾名義に登録され、自賠責保険への加入も右販売会社がその手続を代行して、被告乾名義で契約したこと、然して、本件車の購入代金や保険料、税金その他諸経費は全て被告手嶋が出捐し、被告乾は、それらに出費しておらず、本件加害車を使用したことも一切なく、右名義貸与に対する謝礼も受けていないこと、以上の諸事実が認められる。そうすると、被告乾は、車庫証明取得の便宜を図つて、被告手嶋に、本件加害車購入に際し、使用者名義を貸与したにすぎず、本件加害車に対して運行支配、利益を有していたものとは、認め難い。右認定に反する甲第八、第九号証は、被告乾と同手嶋の各尋問結果によれば、被告乾の不知の間に作成されたと認められるから、措信しない。

よつて、被告乾は本件加害車の運行供用者とは云えないから、原告らに対し、本件事故に基く損害賠償責任を負うものではない。

第三  被告手嶋の責任について

一  被告手嶋が前方不注視、車間距離不適当、酒気帯び運転の過失により本件事故を惹起させた事実は当事者間に争いがないから、被告手嶋は民法七〇九条により、原告らに対し、本件事故による損害賠償責任を負うものである。

二  被告手嶋は亡泰二郎は本件事故当時、「他人性」を失なつていたものであるとして、免責を主張するが、原告らは被告手嶋に対し、運行供用者責任を問うてはいないのであるから、右主張は失当であり、また仮に、同被告が主張するように、亡泰二郎は本件事故当時、被告手嶋の運転により発生することあるべき危険(事故)を十分予想しえたにも拘らず、本件加害車に同乗したとしても、そのことを以て直ちに同人がその運行により発生しうべき危険を全面的に承認したとまでは到底みれず、被告手嶋は右責任を免れるものではない。

三  そこで次に過失相殺の抗弁について判断する。

証人松尾貴世子の証言と被告本人手嶋の尋問結果ならびに弁論の全趣旨によれば、被告手嶋と亡泰二郎は、被告手嶋が二歳程年下であるが、事故の二年程前から親しく付き合つており、本件事故前日の昭和五〇年二月三日夜、被告手嶋が亡泰二郎に、従前同被告が亡泰二郎に紹介し、行方が分からなくなつた雇いの職人の行先を探したが見つからない旨、電話したところ、同人宅に来るようにと言われ、本件加害車を運転して同人宅に着くや直ちに、亡泰二郎から飲みに行こうと誘われ、近所のバーで一時間程ビールをコツプ三杯程飲み、次にそのバーの二、三軒隣りの寿司屋で、二人でビール一本と寿司を飲食し、同被告はそこで同人と別れて帰ろうとしたが、ミナミに飲みに行こうと誘われて、事故当日の午前一時頃、本件加害車を運転して南区笠屋町のスナツク「貴世子」まで赴き、午前四時過ぎまで同人や偶々店に来た高野らと共にウイスキーやビールを飲んだこと、亡泰二郎は右スナツクの常連で、同店のエレクトーン泰者落合奏治とも心安く、同人が右落合を堺東の自宅まで送ると言い出し、被告手嶋に落合を車で送るよう頼んだこと、被告手嶋は疲労を覚えていたが、亡泰二郎との付合い上、また同人に紹介した職人を探せなかつた負い目もあつて、右依頼を断ることができず、これを承諾し、本件加害車後部座席に右落合および高野を、助手席に亡泰二郎を乗せて、落合を自宅まで送り、その帰途、三〇〇メートル程居眠り運転して黄信号で停止した先行大型トラツクに追突し、本件事故を起したこと、亡泰二郎は右同乗後五分程して眠り込んでしまい、高野も落合が下車すると寝てしまつたので同乗の右二人においても本件事故時に寝ていたこと、前記の如く右落合の自宅は堺東の南にあり、被告手嶋は浪速区水崎町、亡泰二郎は西成町松二丁目に各居住していたから帰宅方面は同じくするものの、前記スナツクからは被告手嶋宅が最も近く、亡泰二郎宅も被告手嶋宅からそれ程離れていなかつたが、落合宅はその先をかなり南下して行かねばならないこと、以上の各事実を認めることができる。被告手嶋が落合を送り届けたのは、亡泰二郎に強要されたためという主張を裏付けるに足りる証拠は、全証拠中に存しない。右認定の事実に徴すると、亡泰二郎にも、被告手嶋が酔いと睡気のため、自動車の安全な運転は困難な状態にあつたことを充分予想しえたものであり、その危険に思いを至して、同被告に車を運転させるべきではなかつたのに、安易に自己と懇意な落合を車で送るべく、同被告に頼んで、且つ、自らは助手席で眠り込み、同被告に全てを委せてかなり長距離を運転させて疲労させた過失があり、同過失は本件事故を起した同被告の前記過失を誘引したものと言えるから、過失相殺として原告らが被つた損害の四割を減ずるのが相当である。

第四  損害

一  逸失利益

各成立に争いのない甲第五号証、甲第一四号証の二、甲第一五号証の五、証人寺山茂次の証言により真正に成立したと認める甲第一五号証の一ないし四、同甲第一六号証の一、二同証人の証言および原告本人尋問結果によれば、亡泰二郎は本件事故当時三〇歳(昭和一九年一月二二日生)で塗装業を自営し、ダイニツカ株式会社の専属下請(寺山ニツカ工業株式会社の孫請)をしており、少くとも年間金二〇三万九、一七八円を下らない収入を得ていたものと認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三六年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益は、これを年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金二、八九三万九、六〇六円となる。

203万9,178円×70%×20,274=2,893万9,606円

二  慰藉料

原告らは、本件事故のために一家の大黒柱たる夫や父親を失い(成立に争いない甲第一号証と弁論の全趣旨によれば、亡泰二郎死亡当時、原告宏子は三四歳、原告泰隆は三歳、原告博行は二歳、原告亮介は未だ胎児であつたことが認められる。)、家庭を破壊され、経済的困窮に陥つている等、諸般の事情を考慮すると、原告宏子の慰藉料は金四〇〇万円、その余の原告らの慰藉料はそれぞれ金二〇〇万円を以て相当とする。

三  葬儀費用

弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第七号証によれば原告宏子は亡泰二郎の葬儀費用として金三三万九、七六〇円を要したことが認められる。

四  以上によれば、本件事故により原告宏子は前記逸失利益の三分の一である金九六四万六、五三五円と慰藉料金四〇〇万円と葬儀費用金三三万九、七六〇円の合計金一、三九八万六、二九五円を四割過失相殺した金八三九万一、七七七円の、その余の原告らはそれぞれ逸失利益の九分の二である金六四三万一、〇二三円と慰藉料金二〇〇万円の合計金八四三万一、〇二三円の右過失相殺後の金五〇五万八、六一三円の損害賠償請求権を取得したものである。

第五  損害の填補

原告らが自賠責保険より合計金一、〇〇〇万円を受領した事実は当事者間に争いがなく、これを相続分に従い各原告らの損害に充当すると原告宏子の充当分は金三三三万三、三三三円であるから前記金額より右額を控除した残額は金五〇五万八、四四四円、その余の原告らの充当分は各二二二万二、二二二円であるから、その残額は金二八三万六、三九一円となる。

第六  弁護士費用

弁論の全趣旨により本件訴訟に要する弁護士費用は、原告宏子が負担するものと認められるが、同原告が被告手嶋に対して、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らし、金八〇万円とするのが相当であると認められる。

第七  結論

よつて、被告手嶋に対し、原告宏子の金四〇〇万円の限度で、その余の原告らの各金二〇〇万円の限度で、および右各金員に対する本件行為後である昭和五〇年一〇月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、被告乾に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原昌子)

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